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なぜ近江牛はかつて「神戸牛」と呼ばれていたのか?
日本三大和牛の歴史を江戸時代から現代まで徹底解説
岡喜近江牛レザー MUDITA HILL LEATHER 公式ブログ
「近江牛」という名を聞いたことがある方は多いでしょう。しかし、その歴史が江戸時代にまでさかのぼること、かつて「神戸牛」という名で売られていた時代があること、そして鉄道の開通がブランドの命運を変えたことを知る人は、意外と少ないのではないでしょうか。国内最古のブランド牛・近江牛の知られざる歩みを、時代を追って丁寧に解説します。
第一章:江戸時代——「薬」として始まった近江牛
1687年〜近江牛の歴史は、1687年(貞享4年)の江戸時代にはじまります。当時、仏教の影響から日本では牛肉を食べることが一般的にタブーとされていました。しかし滋賀県の彦根藩では、事情が少し異なりました。
彦根藩では、武具や甲冑に使う「牛皮」を幕府への献上のため、特別に牛の屠畜が認められていました。皮を取り出した後に残る牛肉を無駄にしないため、考案されたのが「牛肉の味噌漬け」です。これが、近江牛の食文化の原点となります。
HISTORY POINT
この味噌漬けは「養生薬」として扱われ、彦根藩から将軍家や徳川御三家への献上品にもなっていました。食べ物としてではなく、薬として贈ることで、当時のタブーを巧みに回避した彦根藩の知恵が光るエピソードです。
第二章:明治時代——「神戸牛」と呼ばれていた、その理由
明治時代〜1889年明治時代になり文明開化の波が訪れると、日本人の食生活は大きく変わります。肉食が解禁され、牛肉は全国的に需要が高まりました。近江牛もその波に乗り、陸路や海運を通じて全国へ出荷されるようになります。
しかしここで、近江牛の歴史に皮肉な転換点が訪れます。当時の主な出荷ルートは、神戸港を経由して東京へ運ぶものでした。そして当時は 「出荷港=ブランド名」 という慣習があったのです。当時は出荷地で呼ばれることが多く、神戸港経由で出荷された近江牛も「神戸牛」として扱われることがありました。
つまり、滋賀県で丹精込めて育てられた近江牛も、神戸港を通れば「神戸牛」として東京の食卓へ届けられていたのです。生産者がどれほど品質にこだわっても、その名が世に出ることはありませんでした。
HISTORY POINT
これが「近江牛がかつて神戸牛と呼ばれていた」理由です。産地ではなく出荷港がブランドを決めていた時代の慣習が、300年以上の歴史を持つ近江牛の名を、長らく覆い隠していました。
1889年——鉄道が、近江牛の名を取り戻した
転機は1889年(明治22年)に訪れます。東海道本線が開通し、近江八幡駅が誕生しました。翌年から牛を神戸港に頼ることなく、東京へ陸路で直接輸送することが可能になります。
東海道本線開通後は神戸を経由せず出荷できるようになり、「近江牛」という呼称が広まっていきました。鉄道の開通が、ブランド牛の歴史を塗り替えた瞬間でした。
近江牛の歴史年表
第三章:近代〜現代——「近江牛」ブランドの確立
明治以降〜現代「近江牛」という名称が使われはじめてから約100年。その間に近江牛は、日本三大和牛のひとつとして全国的なブランドを確立していきました。
現在、近江牛は滋賀県内の約80の牧場で肥育されています。滋賀県固有の気候風土と、各牧場が受け継いできた飼育技術が、近江牛ならではの品質を生み出しています。
第四章:老舗「岡喜」180年の歩みと、近江牛レザーへ
岡喜牧場・MUDITA HILL LEATHER滋賀県蒲生郡竜王町で牧場やレストランを展開する「岡喜」は、180年にわたり近江牛の文化を守り続けてきた老舗です。その一貫した哲学は「牛に良いとされることは何でも試す」こと。妥協なき飼育環境がうむ近江牛は、上質なオイルを多く含み、独特の滑らかさとしなやかさを持ちます。
竜王町出身の幼なじみが再会——共同開発の始まり
株式会社オカキブラザーズフーズ代表の岡山和弘氏と、革製品工房Cogocoro代表の田中秀樹氏は、同じ竜王町の出身。高校時代を共に過ごした幼なじみです。それぞれの道に進んだ2人が再会したのは2019年のこと。田中氏が「近江牛のレザーを使った製品を作りたい」と竜王町商工会に相談したところ、岡山氏を紹介されたことが、このプロジェクトの始まりでした。
MUDITA HILL LEATHERに込めた思い
「MUDITA(ムディタ)」はサンスクリット語で「喜び」。 岡喜の岡の「HILL」、レザー「LEATHER」を組み合わせたブランド名には新しい滋賀県の特産品としてたくさんの人に届くような希望が込められています。
MUDITA HILL LEATHER 誕生の背景
工房側の「近江牛の革を使った製品を作りたい」という思いと、牧場側の「大切に育てた牛を使い切りたい」という思いが合致。数年にわたる試行錯誤の末、商品化が実現しました。
近江牛レザーが生まれるまで
MUDITA HILL LEATHERでは、植物由来のタンニンを使う「タンニンなめし」を採用しています。時間とコストはかかりますが、有史以前から行われてきた環境に比較的優しい方法です。革一枚一枚の個性を最大限に引き出すため、商品やパーツごとに異なる厚みの革を使い、職人が一つひとつ手作業で仕上げています。
食肉として役割を果たした近江牛が、今度は革製品という形で長く使い続けられる——この取り組みは、地産地消・アップサイクルとして環境や社会への貢献にもつながっています。滋賀県の和牛レザーを使った新しい革ブランドとして、2025年には「おもてなしセレクション特別賞」を受賞し、国内外への展開を目指しています。
まとめ
この記事のポイント
- ✓近江牛は日本三大和牛のひとつ。国内最古のブランド牛とされる。
- ✓歴史の始まりは1687年の江戸時代。彦根藩で「養生薬」として牛肉の味噌漬けが誕生。
- ✓明治時代、神戸港経由で出荷されたため「神戸牛」と呼ばれていた時期があった。
- ✓1889年の東海道本線開通により「近江牛」の名称が正式に使われるようになった。
- ✓現在は滋賀県内の約80牧場で肥育。老舗・岡喜は180年の歴史を持つ。
- ✓岡喜の近江牛からはレザーブランドMUDITA HILL LEATHERが誕生。アップサイクルの取り組みとしても注目されている。
近江牛の革から生まれた、滋賀発のものづくり
岡喜近江牛レザー MUDITA HILL LEATHER近江八幡の工房で一点一点、職人の手により製作されています。